地区:北海道標津郡中標津町 区間:中標津~計根別/16.3km 軌間:762mm/単線 動力:馬力
根釧台地の主要拠点、中標津と計根別を結ぶ殖民軌道路線。昭和初期に敷設された先達の一員だが、根室線同様、平行する省線の開通により十年足らずの短命でその役目を終えた。
略史
| 昭和 |
4(1929) - |
11/ |
10 |
殖民軌道 計根別線 |
開業 |
| 昭和 |
12(1937) - |
10/ |
21 |
〃 〃 |
廃止 |
路線図
廃線跡現況
殖民軌道根室線の中標津(写真A)を出発点とした計根別線。両線の主要駅でもあったため、4本の線路を有した構内は当時の道路幅いっぱいに広がり、北西角には機関庫や車庫等を備えていた。
省標津線の開通により以南の根室線が廃止されたため、計根別線は中継拠点を省線駅前の二代目(写真B)に移すべく、残存の根室線と共に路線を延ばした。
その二代目からの延伸区間は市街地の北をやや大回りしたのち、初代駅に近づいて旧来線と合流する。直後に位置したのが中標津市街(写真C)で、廃止された初代駅の代替とも考えられる。
軌道は二車線の町道上を進むが、やがて中標津小学校(写真D)に突き当たり道路は途切れてしまう。同校の西端では、JR標津線の小高い路盤(写真E)がルート上を横切る。当線の後継となった路線だが、こちらも廃止から既に30年以上が経過した。市街を抜け出たのちは、道東の定番でもある牧草地(写真F)に入り込む。
途中には北海道遺産の格子状防風林に連なる雑木帯も含まれ、植生の違いから当時の軌道跡(写真G)を確認できる区間もある。ただ廃止からの経年を考慮すると、ごく近年まで作業道のような形で利用されていた可能性も否定しきれない。
当線は地形図に中間駅の記載が無く、駅位置の把握は殖民軌道各線別粁程表に頼った。次の至誠も同様だが、三十三線(写真H)とされる住所と起点からの距離程8047m地点(写真I)では大きな乖離がみられ、聞き取りを基にした下記参考資料に従い後者を駅跡と判断した。
この両地点間にJR標津線が北から接近し、同当幌駅付近で当線と位置を入替えるも、両線とも軌跡は不明で交差箇所は判然としない。
至誠駅の先でも両者は交錯し、道道13号線との三つ巴になりつつ西を目指す。地元の作業道として多くを利用されるJR線跡と異なり、軌道側は大半が牧草地(写真J)に埋没し、跡地を直接たどることは難しい。
唐沢(写真K)は12694mの距離程及び住所から四十四線道路の西側と判断した。ここは軌道跡が雑木帯となり、近接するJR側が牧草地に変わる。同駅からほぼ直線で西進する道道、JRに対し、軌道側は四十六線付近で大きく屈曲(地図L)する。前方の丘陵は一見ゆるやかに見えるものの、非力な馬鉄は、勾配緩和のため大きく迂回せざるを得なかったようだ。その後、道道に近づき一旦交差したのち、今度はその南脇(写真M)を併走しはじめる。
軌道は道路と共に計根別市街地まで進み、やや西寄りの初代計根別(写真N)に到着する。当線と標茶線の終点を務め、両線を接続した駅跡は、現在小さなバスターミナルとして活用される。
昭和11年省計根別線が開通し、平行する殖民軌道標茶線が廃止されたため、接続拠点を無くした当線は省駅前に二代目計根別(写真O)を設けた。ただしその位置を示した地図は無く、後年敷設された養老牛線が路盤を再用したと判断し、昭和20年代の空中写真も参照しつつ、JAけねべつの倉庫付近を駅跡と推測した。なお省線はその後、根室標津駅まで延伸されて標津線となり、当線の後継を担った。
参考資料
- 北海道の殖民軌道/レイルロード/今井啓輔 著
参考地形図
| 1/50000 |
中標津 |
[S7鉄補] |
計根別 |
[S7鉄補] |
|
|
| 1/25000 |
西竹 |
[該当無] |
計根別 |
[該当無] |
中標津 |
[該当無] |
制作公開日2026-1/21 *路線図は国土地理院電子地図に追記して作成*
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