地区:北海道標津郡中標津町 区間:養老牛~計根別/11km 軌間:762mm/単線 動力:馬力
殖民軌道標茶線と計根別線の接続拠点を担っていた計根別地区。省標津線開通に伴い両線共廃止されたが、その後新たに省駅前を起点とする養老牛線が開設され、昭和の中期まで活躍した。
略史
| 昭和 |
13(1938) - |
7/ |
7 |
殖民軌道 養老牛線 |
開業 |
|
17(1942) - |
|
|
簡易軌道に名称変更 |
|
|
36(1961) - |
12/ |
11 |
〃 養老牛線 |
廃止 |
路線図
廃線跡現況
省線との接続駅となる養老牛線の計根別(写真A)。駅周辺は、先に廃止された計根別線の路盤を転用した可能性が高いと考える。なお地形図に駅の記号はないが、道立図書館北方資料デジタルライブラリーの養老牛線地盤工事外附図では、JAけねべつ資材センターの東側に構内を描く。
駅を出て東に進む路線は、すぐ左急カーブで北に向きを変える。ここで道道13号線を横切り、一旦、二車線道路の東脇を併走するも、やがて左に分離し公園内の通路(写真B)に変わる。
正美公園と名付けられた園内には歩行者用の木橋(写真C)も架かるが、軌道向けの転用ではなく、新たに架け直されたようだ。また偶然なのか必然なのか、上空に延びる高圧送電線とルートが一致する。
途中で分岐した側線が牛乳工場(写真D)まで延びていたが、今は跡形もなく一部が浄化センターに利用されるのみだ。
公園を抜け出ると今度は農地内(写真E)に飛び込み、線路跡を直接だどることは難しくなる。ただし、先程来の高圧線が上空での道しるべとなり、遠望によるルート確認は比較的容易だ。
殖民区画の五十線を越えるとやや北寄りに向きを振る。と同時に高圧線も同方向に追従する。ここまでくると単なる偶然ではなく、意図的に軌道跡を選択したと考えざるを得ない。途中、北海道遺産として認定された格子状防風林にV字型開口部(写真F)を確認できるものの、線路敷に起因する植生の違いではなく、高圧線のメンテナンス用に整備されたようだ。
その高圧線は北十二号の手前で左に折れてルート上を外れ、直進する軌道側は道道505号線に近づき、その東脇(写真G)を併走し始める。電柱の立ち並ぶ箇所が路盤跡と思われるが、雑草、雑木に邪魔され正確なところは把めない。
続く北十四号との交点に置かれていたのが上標津(写真H)で、対向用の側線も備えていたようだ。交差点を挟んだ対面には町営の上標津バス停が設けられ、軌道の後継路線を担っているようだ。
駅を出てしばらく進むと道路はやや西に膨らみ、対する軌道側は逆の東(写真I)に膨らむ。この先のケネカ川に対するアプローチで、おのおの渡河に適した場所を選択したようだ。ただ同河川は格子状防風林から連なる天然林が取り囲み、人の立入が難しいため軌道橋跡の確認はできていない。
北十八号との交差点にも上標津バス停が設けられるが、現在は隣の五十三線に運行が移ったようだ。これを過ぎた先には小さな丘陵が待ち構え、道路、軌道とも若干東に屈曲(写真J)する。と同時に両者は位置を入替え、軌道側は道路の西脇を併走し始める。
その後は両サイドに牧草地が広がる中を淡々と進み、北二十五号を越えて終点の養老牛(写真K)に到着となる。同所のバス停名は養老牛市街とされ、以前は駅の北側に小学校もあったようだが、25年時点で人家は限られ、市街と呼ぶにはいささか抵抗がある。なお下記参考資料には、南西の集乳所に向けて側線が延びていたと記される。
参考資料
- 北海道の殖民軌道/レイルロード/今井啓輔 著
参考地形図
| 1/50000 |
計根別 |
[S30測量] |
中標津 |
[S29測量] |
摩周湖 |
[S29測量] |
| 1/25000 |
西竹 |
[S31測量] |
計根別 |
[S31測量] |
養老牛 |
[S31測量] |
制作公開日2026-1/23 *路線図は国土地理院電子地図に追記して作成*
転載禁止 Copyright (C) 2026 pyoco3 All Rights Reserved.

