北恵那鉄道を訪ねて
 地区:岐阜県中津川市 区間:中津町〜下付知 軌間:1067mm 動力:電気

廃止鉄道ノート東海  減速進行付知川沿いの木材搬出を目的として建設された鉄道。木曽川での水力発電用ダム建設から派生した事業だったため、初代社長には当時電力王と呼ばれた福沢桃助が就いている。終点の下付知には森林鉄道が接続し、また中津町の先では国鉄線に接続していたことが貨物輸送を主目的としていたことを物語っている。
現在は北恵那交通と社名を変え、バス、タクシー等を中心事業として発展している。


 路線図  略史

大正 11 (1922) - 2/ 15 北恵那鉄道 設立
13 (1924) - 8/ 5    〃 開業
昭和 53 (1978) - 9/ 18    〃 当日を以て廃止
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 廃線跡現況

A 国道257号線に沿って路線が延びていたが、サイクリングロードや自動車道へ転換されるといったことも比較的少なく、駅ホームや橋梁はかなりの部分が原形を留めて残っている。路盤も放置状態の箇所が多い。


バス、タクシーを運行する後継会社の北恵那交通の車庫等に利用される中津町(A参照)
94年6月
中津町恵那峡口(B参照)。跡地は放置され、調査不能の箇所も多い。 B
94年6月
C 木曽川橋梁(C参照)。木曽川の増水に対処するため、4mほど嵩上げされている。
94年6月
恵那峡口(D参照)。木曽川橋梁の嵩上げに伴って駅も150mほど移動された。


ここからは急勾配と急カーブ連続の難所で、次の山之田川へと向う。
D
94年6月
E 緩やかな勾配で苗木上苗木と過ぎ、次が並松(E参照)


関戸の先美濃福岡栗本間では一部が歩行者道路に転用されている。
94年6月
栗本美濃下野間の柏原川橋梁(F参照) F
94年6月
G 美濃下野(G参照)。この鉄道には駅舎、ホームが比較的多く残る。
94年6月
国道からはやや奥まった場所にあった田瀬(H参照)


ここからは道路と平行して山肌に路盤が残り、一部は道路拡張に供されている。
H
94年6月
I 稲荷橋(I参照)
94年6月
稲荷橋下付知間に残るガーダー橋(J参照) J
94年6月
K 下付知(K参照)構内及び駅舎。当時の原形をとどめている。
94年6月
下付知の時刻表(L参照) L
94年6月

 −保存車両

M 夜明けの森に保存される車両(M参照)
94年6月

 参考資料


 参考地形図

1/50000  中津川  妻籠 [S6修正]  付知 [S32二要]  恵那 [S8要修]
1/25000  中津川 [S52測量]  妻籠 [S52測量]  美濃福岡 [S48測量]  恵那  付知 [S48測量]

 参考web


 
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