十勝鉄道清水部線を訪ねて
 地区:北海道上川郡清水町 軌間:762mm 動力:蒸気・内燃

帯広部線  廃止鉄道ノート北海道  減速進行

北海道の中央部に、軽便としては破格の営業距離を持つ鉄道があった。最初は精糖会社が沿線で栽培したビートを収穫する目的で専用線を建設し、次第に帯広と清水を中心とした各方面に路線を延してていった。一時は旅客営業も開始したが、やがて道路の整備とともにその距離を縮め、ついには廃止に至ってしまった。今でも廃線跡の周りにはビートが多数栽培されている。
このビートとは何か・・・、日本ではなじみが薄いが砂糖の材料である。一般にはさとうキビが有名だが、気候の関係から北海道ではビートが栽培され、これを収穫し製糖している。出来上った製品はさとうキビから製造された物と全く同一である。


 略史

大正 10 (1921) - 日本甜菜製糖 専用線開業
13 (1924) - 明治精糖 日本甜菜製糖を合併
14 (1925) - 5/ 30 河西鉄道 明治精糖専用線を譲受 開業
昭和 20 (1945) - 11/ 27 十勝鉄道 河西鉄道を合併
26 (1951) - 7/ 1   〃 清水部線全廃

 路線図




 廃線跡現況

A 01年8月
JRの十勝清水駅前(A参照)から南に向って軽便鉄道が出発していた。

十勝鉄道の駅は当時の国鉄駅に隣接していたが、駅前は小規模ながら再開発され痕跡はなにも残されていない。跡地は現JR駅舎南に位置する商店あたりと推測できるが、現在はその隣にも建物を建設中で今後はますます変わりそうだ。

線路が向きを東に変えたところにあったのが下清水で、清水町役場の南付近だが場所の特定は全く困難となってしまった。
ここには機関庫が併設され、また製糖工場と練乳工場への引込線が延び、更に製糖工場へは国鉄直通の専用線も乗入れる等、ちょっとしたターミナルを形成していた。
下清水を出ると線路はゆるやかなS字カーブを描き、その先に当時の姿を保ったまま築堤(B参照)が残る。
今は放置され荒れ放題のままで、足を踏み入れることすら難しい。ただ雑木が育ってないのは、たまに人の手が入っていることを物語っている。
各地で鉄道跡地の利用方法もいろいろ工夫されているが、この築堤部は全国的にも珍しい高圧送電線の敷地として利用されている。ただし積極的に利用すると云よりも、単に上空に高圧線が走っているだけといった表現がピッタリだ。

築堤跡は下水処理場を過ぎた付近まで続きその先で佐幌川に突き当るが、堤防に近づくことは不可能で廃止後しばらく残っていたとの情報があった橋台・橋脚等の確認はとれなかった。
B 01年8月
C 01年8月
どこの廃線跡でもそうだが、比較的幅の広い河川の橋梁跡が発見できないのは探索にとって大きな痛手となる。線でつながっていたものが途切れ、方向を見失い、対岸から続く廃線跡を探索することが困難となってしまう。
近くに人家が多ければ聞取りによる調査も可能だが、旧版地形図だけが頼りの場合は微妙にずれてしまい、全く見当違いの方向へ進む可能性もある。この路線も結局対岸の線路跡は見つけることができなかった。


佐幌川を越えた後、右にカーブししばらく山裾を縫うように走っていたはずだが、こちらも付近に線路跡を特定すものは何も発見できなかった。
さらに進んで一旦地方道と交差した後は農道に転用され、用水に架かる小橋(C参照)なども自動車が通行できるように掛替えられている。

しばらく続くこの農道も再度基線と呼ばれる地方道と交差した後は農地の中に吸込まれ、左カーブで反転し向きを北に変える。参考地形図Aには記載がないが、この付近に人舞があったと参考資料に紹介されている。
ここから1キロ弱で今度はその向きを東に変え、当地の主要河川「十勝川」を渡る。現在の道路橋は清水大橋と称されるが、この橋梁付近から十勝鉄道跡が舗装道路として再利用されはじめる。
また、旧版地形図からはこの橋の西側にトンネルあるいは道路跨線橋のような構造物が読みとれるが、現在はそれらしき影も形もない。
D 01年8月
E 01年8月
さて2車線道路となった廃線跡上を東に進むと、何ともユニークな名称の熊牛(D参照)に到着する。
小さな集落だが駅前通が南に延び、郵便局、学校などがこの道沿いに姿を揃えている。残念ながら訪問した当日は駅名にある熊も牛もすべて出払っていたのか、一頭も目にすることはなかった。
また、ここからは北と南の両方向に支線が延び、鉄道在りし頃は地区の主要駅だったことが想像できる。

北へ向う支線は終点が次の北熊牛(E参照)で、北熊牛第一会館の看板を掲げた建物が建てられているが、かなり寂れておりほとんど利用されていない雰囲気だ。
この熊牛北熊牛間はほぼ全線が舗装された生活道として転用されているが、軌道跡をそのままトレースして道路が出来たのか、あるいは跡地は全く無視して直線で道路を造り直したのかの判断は非常に難しい。
再利用地が微妙にずれることは土地に余裕がある北海道ではよく見受けられるパターンで、探索には泣かされる。

南熊牛(F参照)への支線は北熊牛への廃線跡と対象に反対方向に延びていた。
北熊牛への舗装路につながる形でやはり舗装された2車線道路として南に向うが、次の本村付近で県道75号と合流し、線路跡は一旦道路脇にその場所を移す。
F 01年8月
G 01年8月
道東道をアンダークロスし、集落といえないほどの小さな集落にあったのが旅客の終点南熊牛
ここから更に関山まで南方向に貨物線が続き、途中で県道の西から東にその位置を変えていた。

さて本線に戻り熊牛から基線を東に向うと一旦丘陵地を避けるような格好で南に進路を取り、続いて大きな左カーブで北に方向を変える。カーブ終了地点の下美蔓(G参照)付近で芽室方面からの主要道と合流し、一部は鉄道敷地が道路拡張に利用されたと考えられる。
残念ながら駅跡の確認はとれなかった。
しばらく廃線跡はこの2車線道路に沿って北上するが、やがて中美蔓付近で道路から離れ、その先は跡地があるのかないのか判別不能となってしまう。ただ断定は出来ないものの、現在の高圧送電線の下あたり(H参照)が線路跡ではないかと推測することは可能だ。


2キロほど原野の中を北上し少し西に移動した十勝鉄道跡は、再び西24線と称される2車線道路として再利用されはじめる。
H 01年8月
I 01年8月
この道路上には上美蔓(I参照)があったが、駅だと云うのに付近に民家がまったく見つからない。
なにもこれはここに限ったことではなく、周囲に民家のない停車場跡地がこの鉄道には数多く存在する。


客扱いをしていたというものの、当初の建設目的が農産物の収穫だったことを考えればそれなりに納得はいく。
駅跡を過ぎ更に北へと向うと北海道拓殖鉄道との交差部(J参照)にたどり着くが、廃止後しばらく残っていた痕跡も共に消え、それらしき農道が残るのみとなっている。


当時は十勝鉄道側が上を越えていた。また十勝鉄道跡を利用した西24線もここまでくると細くなり、未舗装の小道に変化している。
J 01年8月
K 01年8月
続く次の駅は下幌内(K参照)上然別方面への分岐駅となっていた。


付近の路盤はそのまま放置され、もしかするとホーム跡なども残っているかもしれないが、背丈以上の雑草が茂り近づくことすら出来ない。
これ以上の探索は草刈機が必要だ。
下幌内からそのまま北上すると・・・といっても5キロ以上となるが・・・北の終点上幌内(L参照)に到着し、駅への取付け道路も見つけることができる。


再び下幌内に戻り鹿追方向への分岐方向に向うが、十勝清水方向からきた列車は一旦スイッチバックで東に向いすぐに大きな左カーブで北への路線を取る。


しばらく林の中を進むと上然別(M参照)
L 01年8月
M 01年8月
この区間の線路跡は放置され既にたどることはできないが、駅跡にはかなり広い敷地を発見できる。
駅跡を示す標柱(N参照)も建つが付近には家もなくもちろん大きな集落もなく、ましてやビートの栽培畑もないこんな場所にまでなぜ鉄道が必要だったかは疑問というしかない。

十勝鉄道はここで再びスイッチバックし上幌内川沿いに万代橋をめざす。跡地は林道となり、狭いながら自動車の通行も可能。
そのまま道なりに南東方向へ進むと県道133号線に突き当る。
この手前に鹿追があり今は小道沿いに駅跡らしき小さな空地が広がるが、車庫や給水塔があり当時主要駅だった雰囲気はどこにも感じられない。

跡地を利用した小道はここで途切れ線路跡を確認できないまま県道を越すこととなるが、すぐその先で2度目となる北海道拓殖鉄道との交差をむかえる。今度は十勝鉄道側が北海道拓殖鉄道の下をくぐっていた。この交差部も含めここから先は自然に帰ったようで、万代橋までの廃線跡の詳細の特定は不能。

終点の万代橋駅は橋のたもとにあったが、、然別川が河川改修されてしまい当時の状況をたどることは出来ない。ここからは然別川を利用した木材の貨物があったようだが、どのような利用方法だったのかは今ひとつはっきりしない。
ビートの収穫を目的としていた鉄道だが、この東部周辺だけは、何か形態が違っていたような、そんなにおいがする。
N 01年8月

北海道での廃線跡探索は2度目だが、土地に余裕があるためか大地に還った跡地も多く、正確な調査の難しさをひしひしと感じる。


 参考資料


 参考地形図

1/50000  新得 [S6鉄補]    御影 [S3鉄補]  
1/25000  十勝清水 [該当無]  鹿追 [該当無]  御影 [該当無]

 参考web


 
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最終更新2014-10/14  無断転載禁止 Copyright (C) 2004 pyoco3 All Rights Reserved.