赤見鉄道を訪ねて

廃止鉄道ノート関東  減速進行

 地区:栃木県足利市 区間:富田〜彦間川6.9km 軌間:762mm全線単線 動力:蒸気

地元で「あく」と呼ばれる石灰搬出を目的として敷設された鉄道。当初は人力による輸送を計画していたが、軽便鉄道法を活用して計画を変更し蒸気鉄道として開業した。ただ初年度より収支は厳しく10年余の短命に終わってしまった。


 路線図  略史

大正 4 (1915) - 4/ 28 赤見軽便鉄道 開業
10 (1921) - 7/ 13 赤見鉄道に改称
昭和 2 (1927) - 10/ 20    廃止
* 地図上にマウスポインターを置くと赤見鉄道を表示します

 廃線跡現況
両毛線の富田(A参照)からこの鉄道は出発していた。貨物ホームや機廻り線、転車台、給水設備等が必要なことを考慮に入れると、北側の老人医療センターと東側に続く民家が当時の駅跡である可能性が高い。この数軒の民家が赤見鉄道の所有地を買い取ったことや、JR駅構内はアク置き場となっていたこと等を地元で聞いた。
また旧版地形図には西側からの進入路が描かれ、同様の道が現存することも可能性をより高めていると考える。

ただ老人医療センターは以前廃業した酒蔵の倉庫があった場所で、これが鉄道廃止後に建てられたものか、それ以前から存在していたのか再調査の必要がある。

A 15年8月
駅を出ると左急カーブで向きを変え、北東方向に一直線で進んでいく。ここは既に圃場整備が終了し、区画も変えられたため当時の痕跡を探し出すことは困難になっている。

真っ直ぐ進んできた路線が出流川にぶつかる箇所が稲岡(B参照)で、市道の観音橋南側にあたる。当時の出流川は現在より西側を流れ、線路はこれを木橋で越えていた。鉄道廃止後、流路の変更が実施され、ちょうど駅位置付近に新たな水路が切り開かれている。

B 15年8月
ここでほぼ北に向きを変えたのち、民家の西を抜けると再び農地の中に飛び込む。やはり痕跡はないが、いまだに地中から当時のバラストが出てきて困ることもあるらしい。

市場地区の南外れに設けられた市場宿(C参照)は民家となり、今も停車場と呼ばれている。これは正式な住所ではなく、屋号、通称のような呼称だが地元では十分通じるとのこと。
ただ周辺は古くからの道路もその位置を既に変え、痕跡はなにも見つけられない。

C 15年8月
なお住居の敷地が三分割され、赤見鉄道の用地が書類上はそのまま残された宅地が存在したことを、地元で教えてもらった。

当時の路線はゆるやかな右カーブを描き、赤見の市街地に入る。ここでは線路跡に設置された、最近はやりのソーラーパネル(D参照)を見つけることが出来る。

D 17年3月
酒店の西隣に位置した赤見(D参照)も民家に変わり、やはり年配の人達から「ていしゃば」と呼ばれているようだ。

駅の北で再び出流川を渡るが、丁度流路変更の分岐点に相当するためか、痕跡は認められない。全ての橋梁が木橋であったことも、残存物が少ない原因なのかもしれない。その先は再び区画整理された田圃の中を通り、ルートをトレースすることは不可能となる。

E 15年8月
大門は起点からの距離も不明で正確な位置の確認は取れないが、大境集会所の西付近と想像する。ここで、地元では赤見鉄道ではなく軽便鉄道と呼んでいたこと、出流川とその西側の農道との間に線路があったこと、一枚の田圃が3筆に分かれ当時の鉄道用地がそのまま区分けされている農地もあること等を教えてもらった。前記宅地の例を含め、公図の調査は今後の課題とした。

また地図と聞き取りを総合すると、駅の北に建つ繊維工場の西側境界(E参照)が鉄道跡地に沿っている可能性が高い。

F 15年8月
北に進む路線は国道293号線と交差し、三たび出流川を越え、右カーブで東に向きを変えると出流原(F参照)に到着する。出流原小学校の北を通る生活道路の北側に広がっていた構内は既に分割され、今は新しい住宅なども建てられている。その裏側の境界線が一直線に続き、当時の駅用地を暗示しているようだ。
旅客列車の終着駅でもあり、機関庫等を備えた構内はかなりの広がりを持っていたことは容易に想像でき、住宅地東側の農地や空き地等もその一部を占めていたと考えられる。

ここから先は貨物線となるが、そのルートを示すコンクリートの杭が荒れ地の中に続いている。

G 15年8月
市道を越えると山裾に沿って左カーブでそのまま石灰工場内(G参照)に入る。ここが鉄道開業の主目的である石灰輸送の積み込み場となる。なお現在は全ての「あく山」での採掘は終了している。
この先、終点彦間川への路線は正確な地図がなく推測での調査となるが、駅名からも判るように河川で採れる砂利の運搬を目的としていた。その採取跡の一部は有名な釣りスポットとして同好者にはよく知られている。

痕跡は無くともまだまだ地元の人の記憶には残り、何らかの形でその記録が後世に残ればいいと感じた鉄道でもある。

H 15年8月

 参考資料
 参考地形図
1/50000  栃木 [T14鉄補]  古河 [*T14鉄補]
1/25000  田沼 [該当無]  佐野 [該当無]

 
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最終更新日2017-4/20  無断転載禁止 Copyright (C) 2015 pyoco3 All Rights Reserved.