東洋活性白土専用線を訪ねて
廃止鉄道ノート北陸・甲信越 減速進行

 地区:新潟県糸魚川市  区間:糸魚川〜東洋活性白土工場  軌間:610mm  動力:蒸気

日本海に面した小都市で活躍した、鉄道と呼ぶより構内軌道と呼ぶにふさわしい専用線。最後までSLで牽引し、昭和57年の廃止時には大フィーバーをもたらした。

路線図



廃線跡現況

A 国鉄北陸線との貨物積換場(A参照)。国鉄線に平行してホームが設けられていたが、開業間近の北陸新幹線の工事によって痕跡はきれいに消し去られている。

国鉄線に沿って南西に走り出した列車は、直後の右カーブでほぼ90度その方向を変える。田園地帯を走っていた路線は住宅地へと変わり、当時のルートをたどることはもはや不可能。痕跡も一切見つけることは出来ない。
14年7月
カーブが終り進行方向が北西に向くと、そこに工場の入口が控えていた。工場前で市道を横切り(B参照/マウスで写真切替)そのまま工場内に進入する。

今この位置には家電量販店が店舗を構え詳細な場所の特定は難しいが、83年撮影の写真左に写る2階建民家はいまだ健在。その南側の小さな畑と斜め前のアパートの一部に専用線の跡地が含まれ、畑では路盤箇所のみ作物の育ちが違うとの話を地元で耳にした。
B
14年7月
C 工場跡(C参照)はスーパーや住宅地、道路に変り、内部の建屋、設備の配置等当時を偲ぶ痕跡はすべて消し去られている。

東洋活性白土の本社屋もこの区画にあった。
14年7月
旧国道8号線をはさんだ北側にも工場があり、線路も延びていたため道路を横断(D参照)する箇所もあった。

いま北側の工場跡は大きな病院に変り、レールの敷設されていた付近はその駐車場として利用されている。
D
83年8月
E 83年当時は本社側の区画は既に取壊しが終り新たな再利用がはじまっていたものの、旧国道をはさんだ北側は工場、倉庫共に健在で、すぐにも操業再開が出来そうな雰囲気を漂わせていた。

その北側から本社側をのぞむ(E参照/マウスで写真切替)と、その落差に驚いたものだ。83年の撮影で正面に写る二階建住居が、周囲を同様の住宅で取囲まれながらも、いまだに同じ姿でたたずんでいるのは嬉しい限り。
14年7月

以下の写真は83年の北側工場内。静まり返る構内、レールに変化はないが無いのは車両と人影か。

F 本社側からつながる軌道(F参照)は構内に入るとすぐ右に曲り(G参照)、東西に延びるレールに接続する。 G
83年8月 83年8月

H ただカーブがきつくて機関車の乗入れは不可能だった。

その東(I参照)と西(H参照)にはそれぞれ倉庫が設けられていた。


I
83年8月 83年8月



参考資料


参考地形図

1/50000   糸魚川
1/25000   糸魚川

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最終更新日2017-7/4 
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