登別温泉軌道線を訪ねて

廃止鉄道ノート北海道  減速進行

 地区:北海道登別市 区間:登別駅〜登別温泉場8.7km 軌間:762→1067mm単線 動力:馬力→蒸気→電気

温泉への観光客誘致を主眼として開業した鉄道。馬力から始まり、蒸気、電気と動力が目まぐるしく変わり、また電化と同時にレール幅の拡大も実施されている。乗客は設備の改良に比例して増えたが、バスが台頭し始めると競争することを選ばず、あっさり廃止されてしまった。なお会社は、温泉施設の運営を主業務として現在も存続している。


 略史
大正 4 (1915) - 12/ 1 登別温泉軌道 開業
昭和 8 (1933) - 5/ 30 登別温泉に改称
9/ 1    廃止

 路線図

* 地図上にマウスポインターを置くと鉄道線を表示


 廃線跡現況
A JR駅前の空き地付近から出発していたと考えられる、起点の登別駅(A参照)には全く痕跡がない。

駅を出るとすぐ左に曲がって、水族館マリンパークニクス内を抜け、その後一部の線路跡は国道36号線に吸収される。当時から、かなり高度の高い築堤が築かれていたと思われる区間だ。
18年6月
国道から外れ一旦南に向いた後は、左急カーブで一気に反転し、ポンアヨロ川を渡る。

細かく蛇行していた川は、河川改修により緩やかな曲線に変化しているが、その新河道は軌道跡に沿って、あるいは利用して開削した可能性が高く、左岸堤防道路(B参照)が軌道のルートに最も近い。ただし、この上流側は藪地に包まれ、人が入り込むことを拒否している。
B
18年6月
C 藪を抜け出た後、道央道をくぐると線路跡は一車線道路に転換され、そのまま県道2号線に合流する。道路の南脇を走っていた路盤は、四車線化された県道に飲み込まれたのか、その痕跡を探し出すことは難しい。

しばらくして伊達時代村入口交差点を過ぎると、左右にパークゴルフ場が広がる。この南側の場内(C参照)を抜けていたとの話を聞くことができた。跡地は、道路に組み込まれたり離れたりしていたようだ。
18年6月
中間駅の神威若(D参照)は中登別バス停が目印となる。語源となったカムイワッカは湧き水のことを指し、蒸気時代はここで機関車の給水をしていた。きれいに整備された源流は、今も滾々と冷水を湧出し、傍らには教育委員会による説明書も設けられている。

駅に隣接した店が給水時の休憩所として利用され、中茶屋と呼ばれていた。店舗は軌道廃止後も続き、道路拡幅によって若干移動したようだが、今も県道に面したコンビニとして盛業中だ。
D
18年6月
E 西に向かう路線は駅を出ると道路から離れ、その左奥を走る。同所には未舗装路(E参照)が続き、軌道跡に一致しそうだが、現地で確認を取ることはできなかった。

その先で県道と交差し、北に向きを変えたのちは、正確な跡地の把握が難しくなる。地元では旧県道上と聞いたが、若干差異を生じていると考える。
18年6月
再びルートを掴むのは左手に紅葉谷を望む県道350号線上で、ここから併用軌道区間が始まっていた。ただ県道は既にバイパスが開通したため、軌道が敷設されていた旧道側(F参照)は歩行者専用道として利用されている。

その後、新旧両道は離合を繰り返しながら北へと向かう。
F
18年6月
G 温泉街の手前から上り坂となり、終点登別温泉場(G参照)に近づくと更に傾斜がきつくなる。鉄道としては限界に近く、道路整備に伴って勾配が変更された可能性も考えられる。
駅跡はバスセンターからタクシー営業所にかけてと言われているが、当時の痕跡を見つけることはもはや叶わない。

なお北側に隣接して建つ夢元さぎり湯館は、軌道廃止後、温泉専業となった同社が運営する施設だ。
18年6月

 参考資料
 参考地形図
1/50000  登別温泉 [S3鉄補]
1/25000  登別温泉 [該当無]

 
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