地区:北海道古宇郡泊村 区間:海岸~陸橋/2.8km 軌間:3尺5寸→762mm 動力:馬・牛力→蒸気
明治の初期に開通した日本で最初の鉄道ともいわれる鉱山鉄道で、良質な石炭を海岸まで運び出す目的で敷設された。開業当初は一般的なレールではなく、木の角材上に鉄の帯材を貼り付けた軌条を使用したため木道と呼ばれ、正式な鉄道としては東海道の新橋~横浜間が初と認識される場合も多い。ただどちらも日本人の発想、発案ではなく、海外の技術指導によって成し得た事業でもあり、大きな声で日本初を自慢出来ないのは残念なところだ。
なお後年、索道を介して岩内と結んだ専用線とはルートを異にする。
略史
| 明治 |
2(1869) - |
8/ |
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茅沼炭鉱 専用線 |
開通 |
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14(1881) - |
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〃 改軌、鉄製レールに交換 |
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17(1884) - |
4/ |
10 |
〃 民営化(以後運営会社、社名の変遷多数) |
| 昭和 |
2(1927) - |
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蒸気動力化 |
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6(1931) - |
11/ |
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茅沼炭鉱 専用線 |
廃止 |
路線図
廃線跡現況
| A |
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外国捕鯨船への石炭積み込みに利用された茅沼の海岸(写真A)。港と呼べるような設備はなく、沖合に停泊した船舶にはしけ等を使って運び込んでいたようだ。しかし水深が浅く大型船の対応に苦慮したため、後年、岩内にその地位を譲らざるを得なかった。当時の俯瞰図を見ると海岸線ぎりぎりまでレールが延びていたようだが、今その痕跡はどこにも見い出せない。 |
| 16年9月 |
| 鉱山に向かう路線は、玉川右岸の道道342号線上(写真B)を走っていたようだ。旧版地図には河口付近で玉川を横切る支線も描かれている。路盤跡の痕跡は既になく、木道時代と鉄道時代のルートが同一であったのかすら判然としない。 |
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B |
| 16年9月 |
| C |
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道道上を東進し集落の中でひときわ目立つ老人ホームを過ぎると、玉川橋梁の架け替えに伴い北側に新道が建設されている。道路整備時に土中から石炭が出てきたとの話も耳にした。線路が敷設されていた旧道(写真C)脇には東京電力の送水管が隣接して設けられ、この地点から鉱山方向に目を向けると、樹木のないズリ山を遠望することができる。 |
| 16年9月 |
| 新旧道路は変電所の西側で一旦合流する。この北側の空き地には当初側線が延び、事務所等も置かれていた地区のようだ。ただ今は荒れ地に変わり果て、一本の作業道(写真D)が中に入り込むことを許してくれるものの、昔日の様子を思い浮かべることは難しい。この先で玉川を渡り戻すが、ここも橋梁更新により道路は新ルートに変わっている。既に廃道となってしまった旧道側は、道路に沿った送水管がその位置を教えてくれる。 |
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D |
| 16年9月 |
| E |
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橋を越えてしばらく進むと道道は未舗装路に変わる。この手前付近(写真E)に坑内線との接続施設、陸橋[やりだし]が設置されていたはずだが、やはりなんの痕跡も認められない。坑内線は舗装の途切れた地点から右に曲がり、玉川を渡った対岸に抗口が設けられていたようだ。鉱山の手掛かりでもないかと未舗装の道道を更に進んでみたものの、木立に視界を遮られて成果は上がらず、全体像をつかむことは不可能だった。 |
| 16年9月 |
参考資料
- 北海道鉄道百年史
参考地形図
| 1/50000 |
茅沼 |
[T6測図] |
| 1/25000 |
茅沼 |
[該当無] |
制作公開日 *路線図は国土地理院電子地図に追記して作成*
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